メナハウスとピラミッドの夕べ

ルクソール最後の朝。
早朝はいつも焚き火をしたような香ばしいにおいが町中を立ちこめる。

そして一時間ごとに時間のお知らせかのように、
コーランの声がスピーカーを通じて町のあらゆるところから聞こえて来る。

始めの頃は、それに異国を感じたものだが、
慣れるとやかましくうっとうしくも感じる。
いちいちスピーカーじゃなくていいやん。。。

簡単に食事を済まし、最終地カイロに戻る。



カイロ空港では、おれたちをメンフィスツアーのタレックが迎えに来てくれた。
約一週間ぶりに会って、彼の存在を感じると何となくホッとしたものだ。

空港からホテルに直行せず、まずはエジプトの有名な考古学博物館に向かう。
博物館の周辺の町は本当にごみごみしていて車もぎゅうぎゅうにひしめき合っている。
この渋滞ぶり、半端じゃないよ。どの車を見ても傷やへこみでボコボコになってる。
この町で新車、もしくはきれいな状態の車を見る事はほとんどなかった。

そんな雑踏の街中、タレックに誘導されて美術館入れ口までいくと目の前に装甲車が
何台も広場に並んでいてものものしい。

博物館に入ると、ここは写真撮影禁止なんだと言う、、、がその規制に反して
展示されているものを見るとけっこうレイアウトが雑多だったり、
彫像の上に電話かなんかが置かれたりしていて、
館のスタッフ達はそんなに丁重に扱っているとは思えなかった。
なので、何のための撮影禁止なのかが不明瞭。
イタリアはトリノのエジプト博物館なんかは写真とり放題だったのにね。

しかし量的にはかなり多くの展示物が並べられていた。

中でも注目したのは、イクナートンの像。
イクナートン、またはアメンホテプ4世は多神教であった、
それまでのエジプトの宗教を廃し唯一神アテン(太陽神)のみを奉る
世界初の一神教を始めた事で知られる。




その他、船とそれに乗る作業をしている人たちの様子を表した、
かなり精密な模型のようなものは驚きだった。 
この当時から、こんな精密な縮小模型が作られていた事は興味深かった。

あとは、エジプトに行く前にYouTubeで見た、宜保愛子さんがエジプト博物館で
『ツタンカーメンが毒殺された時に使用されたワインの壷』
と言っていた場所なんかもあった。 

館内を1時間半程度で満喫し、タレックに迎えに来てもらい、車でホテルに向かう。

エジプト旅行最後の宿はピラミッドにもっとも近い場所にある5つ星ホテル『メナハウス』

何でも歴史的由緒あるホテルらしく、1869年に建てられたと言うから、
ほぼ明治維新の頃だね。さすがに今まで泊まったホテルの中でも一番広く、
格式ある感じがした。

うちらが泊まった部屋からはこんな感じでピラミッドが眺められた。



このホテル内にあるレストランも評価が高く、中でもインド料理は絶品だと言う。…

アビドスの光、デンデラの美


過酷な下痢の夜を過ごした次の朝、なんとか調子を取り戻したが、
のりこはまだ具合いが悪い。

この日はアビドス神殿とデンデラ神殿にいく予定だ。
しかしこの調子じゃキャンセルした方がいいかも、、、そんな事を話していた。

だが気を振り絞ってのりこはセッションをし、
簡単に調整をして無理矢理体調を取り戻し、いく決心をした。

今日のメンフィスツアー、迎えに来てくれたのは、
かなりおっさんのガイド、アブドゥル。
車に案内してくれ、車内に入るや否や元気な挨拶を交わす。
おれたちのローテンションにとってはかなりハイなヴァイブなので
ちょっと存在がしんどい。

そしていきなり、古代エジプトの歴史なんかを話しはじめたので、
この時ばかりはおれたちもいく決心をした事を後悔した。

のりこは彼のアグレッシブでデカい声に少々弱り気味。
おれもさすがにしびれを切らして
「あの〜、悪いんだけどその話、前のガイドも話してくれたし、
おれたち気分悪いから静かにしてほしいんだけど。。。ありがとうね。」 
と伝えた。

そうするとさすがにアブドゥルも口を閉ざした。

さて、最初の目的地はアビドス。
運転手が近道を使って基本3時間の道のりを約2時間ちょっとくらいで辿り着いた。
その道すがら、村の人たちの生活を少しだけ見る事ができた。
子供たちがたくさんいて、平和な光景だった。

アビドスに到着し入り口のところでチケット買ってもらうのを待っている時、
向こうから少年が楽しそうに鶏を抱えて歩いてて楽しそう。
なのでずっと見てたら、彼と目が合ってこっちを見てにこっと笑ってくれた。

おれもその笑顔に笑顔で返事してハートのコミュニケーションをとった。
その時思わず撮った一枚がこれ。

はじめてエジプト人の素のハートのエネルギーと繋がったな〜と思った。
今までずーっと、エジプト人のどん欲さや渇望ばかりを見て来てたので
少し救われた。

この子がアビドスの光だった。



アビドス神殿はセティ1世により建造され、オシリスに捧げられたもの。

いろんな小部屋がたくさんあってどの部屋もこんな感じの壁画が掘られてる。




珍しくカラーが残っている壁画が多い。






下の写真、著書「フラワーオブライフ」の中でクリスタルヒーラーのカトリーナがはじめて
フラワーオブライフのシンボルを見つけた場所。
階段で降りて行くのだけど立ち入り禁止になっている。

なのでうちのガイドにどうにかならんかと聞いてみる。
のりこはアブドゥルに「これだけのためにここにわざわざ来たのよ!!」…

巨大神殿カルナックとルクソール神殿


ルクソール2日目。
今日はクルーズをチェックアウトして、そのままツアーにでる。

今日のツアーはルクソール市内にある巨大神殿カルナックから始まる。

昨日の調整でなんとか体を起こす事はできたがまだ全快ではない。
お腹の調子も危うい感じだ。

そんな中、この神殿に入って行く。

ここが入り口、、世界最大の神殿と言われるだけあって、バカでかさに圧倒される。


神殿内の石柱群。 こんなバカでかい石柱が敷地内に何十本も並んでいて(全部で122本あるらしい)
それぞれに絵や文字が隅々まで掘られている。

神殿内にあるオベリスク。
人の大きさと比べると、どんなにバカでかいかが分かる。

石柱を繋ぐ天井にもシンボルが掘られている。しかもカラーで。
これだけの作業をするのに、どんだけのパワーが必要なんだろう。

10・5メートルあると言う、ピネジェム1世の彫像。
胸像が立ち並ぶ空間

これはスフィンクス参道。
ここカルナック神殿からルクソール神殿までの約2キロの距離を繋ぐ参道の始まり。


どこに行っても、こういった壁画がビッチリ。 

ここの巨像もデカい。 ラムセス2世だったかな。
こんな神殿が実際に利用されていた時代、完全な状態ってどんなだったろう?
これらが完全な形で存在し、壁には彫刻画がカラーでビッチリ貼られた状態。
そこでどんな人たちが何をやっていたんだろう? 
アセンションと永遠の魂とか、そんな事ばかり考えていたんだろうか? 
こんな被造物は普通の人間の能力だけじゃきっとできないものだろう。



こちら場所を移ってルクソール神殿
これも大きな神殿なんだけど、先にカルナックを見たので、普通に見える。
カルナック神殿の付属の神殿らしい。


こちら、カルナック神殿に続くスフィンクス参道。
今現在、3キロに及ぶ道程を繋ぐ作業をしていると言う。


体調のすぐれない中、やっとの気持ちでツアーを終えると市内のホテルにチェックイン。

そのままベッドにぶっ倒れ、今度はお腹の調子が悪くなる。

今回ものりこから調整を受ける
そしたら、やはり大腸などの消化器系が弱っていた事と、昨日夕食の時に食べた付け合わせの生野菜。
生野菜自体というよりおそらく野菜に付着した水なんだと言う事。

調整後はその日から次の日にかけて一晩中下痢に悩まされる事になる。

そして調整中、おれのエネルギーに共鳴して、のりこが具合い悪くなり始める。

のりこは苦しんでいるおれをみて同情した事に加え、自分ひとりで食事をしたりする事に
ほんの少し寂しさを感じたこと、そしてボトルの水のミネラル成分がもともと弱っていた…

ツタンカーメンの呪い??!!石彫像のパワーでピンチ!!

 

朝、目が覚めるとまだクルーズは航行していてルクソールに向かっていた。

この日は二人とも朝食は抜きにしようと決めた。
というのは毎日3食付きのクルーズ、朝と昼は大抵ビュッフェで
おいしいものばかりでつい取りすぎてしまう。
夜は2日目のビュッフェを除いてはコースメニューになっていて、
これもつい食べ過ぎになってしまったからだ。

 

ツアーは朝8時からスタート。

 

まずはナイル川の西にある「王家の谷」へ向かう。

王家の谷は64にも及ぶ古代エジプトの王様級の人たちの埋葬されていた

岩窟墓群だという。

 

中でも有名なのはツタンカーメンの墓で、1922年に発見されるまで、

ほとんど未盗掘で副葬品などが発見された。

それは、他の墓ではほとんどが盗掘の被害にあっている事を考えれば

驚異的な事だったと言う。

 

そして「王家の呪い」というのもツタンカーメンに関する有名なエピソードで

その発掘にたずさわった主な関係者が次々と急死したという。

 

そのツタンカーメンの墓は一般料金とは別途のチケットが必要だったのだけど、

別のチケット購入してまで見たいものではなかったので入らなかった。


ガイドのアハメッドはクールガイ。

ナイルクルーズは最高!! コムオンボとエドフ・テンプルのライトショー


アスワンで停泊したクルーズで一夜を過ごした。
明朝からクルーズは後悔を始めた。

気分的には動くホテル。 これはちょっと快感。
今まで移動は車や飛行機でいちいち荷物を持ったり、待ち時間があったりで何かと
ストレスのかかるものだけど、これはベッドの上でくつろぎながら、ゆっくり流れ行く景色を
眺めながらのんびりと余裕で移動できる。
そうやってくつろいでるといつの間にか目的地の町や神殿のそばに辿り着く。

これはナイル川ならではのクルージングだよな〜。 最高最高!!



移動しはじめて始めの目的地はここ「コムオンボ神殿」

一般的には豊穣神でワニの神様であるセベクと太陽神ホルスの2神のために祀られた2重構造をした神殿だと言われている。
そしてワニのミイラも多く発見されている。

そしてフラワーオブライフによるとここは、ナイル川を遡る12のチャクラのうち性のチャクラである2番目のチャクラを
表していると言う。それゆえにコムオンボは性の根本である二極性、または二元性に献じられた唯一の神殿で、二柱の神が
関係している。 そして秘儀参入者がワニの目前で「恐れ」を克服するために利用された修行場なのだと。



壁に刻まれたアンクの印。
生命の鍵、永遠の命を象徴する。

こちらはホルスの左眼。
ドランヴァロは次のように語る。
「これはすなわち、そこが感情体、ならびに女性性について学ぶ場所で、
実際は二柱の神に献じられた2つの学校だった事を示しているのです」



神殿の外れにある小さな博物館
ワニのミイラとかが展示されていたが、おれたちはこのハトホルの像だけが気になった。



クルーズに戻る。
神殿は船着場のすぐそばにあるのでちょー便利。
船の前方をショット。

船はまた動き始める。
自分の部屋に居ながら変わってゆくナイル川の景色を眺めるのは楽しい。

向こう岸には牛の放牧。

小船にバナナをのせてまったり移動中のエジプシャン達

小船でナイルを渡る人たち。
向こう岸まで大変そう。


途中日本の旗発見。
日本がエジプトに水をくみ上げる技術を提供し、協力し合った印らしい。

次の目的地はエドフという町。 
エドフ神殿があるところまでローカルの馬車に揺られて行く。



馬車に乗って10分ほどで辿り着き、エドフのゲートを見上げる。
バカでかい壁の正門は圧倒される。…

ナイルクルーズとアスワンツアー!! の巻


 

 

アスワン滞在3日目はモーベンピックホテルを早朝チェックアウトする。

 

その前に朝日を拝む事ができてよかった。

 

 

 

川を渡ってメンフィスツアーのスタッフと合流。

まずアスワン近辺のツアーをしてから、クルーズの船に乗る予定。

 

今日から4日間のツアーのガイドをしてくれるのはアハメッド。

 

まず連れられたのは、小島に浮かぶフィラエ神殿。

この神殿もかつて人工湖による増水で沈むところをユネスコが別の島に移転したという。

この神殿ごと何年もかかって、全く大変な作業だったろうね。

 

 

 

 

船を降り、正面に見える神殿の入り口

 

 

中に入るとこのような彫刻画がビッチリ壁に貼られている。

 

 

ここはハトホルの彫像も多い。ハトホルは音楽、サウンドの女神。

アスワンとアブシンベル神殿

 

翌日、ギザを離れ、次なる目的地アスワンに向かうために飛行機に乗る。

 

飛行時間は約1時間、、列車なんかで行くとなると15時間もかかるという。

それは肉体的にも時間的にも余裕がないので素早く飛行機を利用した。

 

アスワンでのホテルはナイル川の中州に建つ5つ星のモーベンピックというホテル。

タクシーを降りて川辺から向こう岸までの渡し船に乗っていく。

 

向こうに見える塔がモーベンピックのトレードマーク。

そして名物ファルーカというヨット。

 

中州にたどり着いた。 川辺にはエジプトの鴇(とき)のような鳥がが佇んでいた。

鴇は古代遺跡の壁画にもよく登場して来る重要な生き物。

文字を創造したアセンテッドマスター、トート(Thoth)は鴇の頭を持っている。

夕方、ナイル川の向こう側に夕日は沈んで行く。


 

その翌日、おれたちはアスワンでのメインイベント、

アブシンベル神殿を見学することになっている。

 

メンフィスツアーのガイドにホテルの向こう岸の川辺で待ち合わせ、

11時に出発した。

エジプト 光と闇

 

次の日の朝。

おれたちは王の間に朝一番で行くためにピラミッドの開演時間

8時前には入り口に到着した。

 

メンフィスツアーのタレックに、ピラミッドのツアーを勧められた、、、

というのはフリーで入ろうものなら、ローカルエジプト人のありとあらゆる

商売勧誘に振り回されるであろう、という彼の懸念があったからだ。

 

だけど今回だけはそれを覚悟で自由に行動したかった。

というのはやはり王の間で二人きりになりたかったし、

定説で言われているようなピラミッドの考古学的な事実なんかは

全く興味がないものだったから。

 

宗教的に見て、紀元前4000年前より以前に文明が存在している事自体が否定されていて

それより前は毛むくじゃらな文明を持たない人間しかいなかったと言う。

なのでそんな定説を基礎とした考古学はピラミッドやスフィンクスが

6000年よりも前に作られた事は考えられないし、あり得ないし、

タブーとされて来た。

 

しかも、その時代に簡単な石を削る道具だけであのようなカミソリ一枚も

隙がないようにビッチリと正確に石を削り、人間だけでその車の何台分もの

重さの石を丸太のようなもので転がしながら、一つずつ丁寧に、

エジプト初日

エジプトの旅程はいったんニューヨーク>ミラノ間の8時間フライトの後
さらに3時間ちょっとかけてカイロに辿り着く。

 

ニューヨークとの時間差が7時間、、、昼の2時半くらいに着いたろうか。。。

なので体内時計はまだ早朝。 飛行機の中で2時間くらいしか眠れなかったのと

中途半端な時間に食事をしたので体調がおかしい。

 

カイロを到着すると、メンフィスツアーのコンダクターでカイロのローカル人、タレックが

笑顔で手を振って迎えてくれた。

 

旅行前から、エジプトはタクシーの料金交渉やバクシーシという小遣いを要求する風習が

かなり海外旅行者を悩ますと聞いていたので、今回はトリップアドバイザーで一番評判が良かった

このメンフィスツアーを利用した。

 

タレックはとてもナイスガイで親切かつ嫌みのないやつなのでおれたちもホッと安心でき

ホテルまでの道のりを彼との会話で楽しんだ。

 

ピラミッドの見えるホテル、Le Meridien にチェックインしたあと間もなく

おれたちの友人で旅人のケント君と合流する事になっていた。

 

彼とは2012年、セドナの冬至セレモニー以来の付き合い。

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いざエジプトへ。。。


今日は午後からエジプトへ発つ日。

もちろん心の中はエキサイティングなんだけど、まだ用意なんかしてなくて、
かなり余裕を感じている。

昨晩はエジプトに行く前に必要なキネシセッションをしてもらった。
エジプトに行くと決めてから、筋反射でエジプト行くまでにいくつの調整が必要か、、、
というのを聞いていて、それが3回セッションすると出ていた。 

そして今回がその3回目。

目標設定は「あらゆる抑圧を手放し勇気とパワーを持って愛を与える」という調整。

抑圧はパワーを奪う最も大きな要因だからね。

子供の頃は特に学校生活での抑圧、大人になってからは人間関係と音楽の抑圧。

勉強ができない抑圧、友達からの抑圧、そういった事が自分のパワーを奪っていく
要因だった。
なんで抑圧される事を選んでいたのか、、、それは傷つく事、傷つけられる事の恐れ、、、
というのがすごく大きく関わっていたと思う。

暴力的なものを恐れていたし、それで自分が傷つけられるのが怖い、、、
だからただそこから逃げる、我慢する、親に迷惑かけたくない、、それが抑圧になる。

もしかりに自分にもっとそんな抑圧を跳ね返すパワーがあったなら、
傷つく事なんて恐れずに立ち向かっていく事ができたんだろう。

だがその当時はそんなパワーを自分に備えてはいなかった。

音楽への抑圧も今回は大きなトピックとして出て来たね。
音楽を通じて関わる人間関係、孤独感、音楽で成功したいという渇望、
テクニック的なところから来るフラストレーション、、、そういったものがすべて
抑圧になっていって自分の音楽へのパワーを失っていった。

昔、ひょんな事からオルガニストのジミースミスさんとジャムセッションする事になって、、
といっても、まともなセットアップなんてなく、アンプのないエレキギターと
彼がホテルの備え付けのピアノを弾いての行き当たりばったりセッション。
なので、自分の音がはっきり聞こえて来てるのかどうかはっきりしない状態だったので
苦しかったのを覚えている。

その後、一緒にランチをとった時にジミーが「君にはパワーが必要だね」
なんて言ってた事を思い出す。
その当時は音楽への情熱もすごくあって、それだけにかけていたので、
そういわれたときはピンとこなくて「パワーあるよ」と答えたのだけどね。

今になると彼の言ってた事も理解できるよね。
「ああ、、そういえばパワーなかったわ、おれ」と今更振り返る。サンキュー・ジミー!!


パワー、、、おれはずっと抑圧される事を選んで来たから、ずっと自分のパワーを
奪われて来たんだね。

そうやって抑圧を重ねて来たので、今は自分の音楽する情熱を抑圧している、
と出て来た。。。

音楽は自由を表現するものなんだけどね、、、本人が抑圧されてパワー失ってたから、
自由を表現するパワーがなかったんだろうね。。。。。。。…

大雪のジャニス



今日のニューヨークは大雪。
アメリカの気象庁は大雪の嵐には台風のように名前をつけるらしい。
んでもって、今回のストームの愛称は「Janus」という。
今朝から降り始めたみたい。

台風もそうだが、雪嵐も基本女性の名前がつけられるのはなんでだろうか?

一年以上前に大型台風サンディがニューヨークまでやって来た時は、
知り合いで同じ名前の女の子がしばらく、その事をダシにしてからかわれていたっけ。。。
「サンディー、きみは大変な事をやってくれたもんだな!」とかなんとか、、、

自分の名前をダシにからかわれると言えば、おれなんかよく日本人以外の人に名前を名乗ると
「オサマ・ビンラディン」と混同されてよく「オサマ、オサマ、、」なんて言われてたっけ。。

まあ、おれもしょうがないから「はいはい、、オサマ、オサマ」って感じで受け入れる。
たいてい毎回自分を紹介するとベタなお決まり文句のようにオサマ、と言われるんで、
おれも言われる前から、「オサマじゃないよ、おさむ〜だよ」なんて言ったりして、
大人げない会話が繰り広げられてしまう。

なかには、ニヤニヤしながら、ビンラディンとか言うやつもいたりして、、
まあ、それに対しておれも機関銃撃つようなポーズとったりして、
しょーもない笑いをとってたっけね。

お笑いと言えば、最近YouTubeの映像で笑福亭鶴瓶師と上岡龍太郎師の二人が昔やってた
番組「パペポ」を見た。

パペポはおれが1992年に渡米するまで毎週欠かさず見ていた深夜番組で、
「お笑い番組好き」な、おれにとって多分一番好きなお笑い番組だったと思う。
渡米する時に唯一、この番組が見れなくなる事が無念だったかもしれない。

鶴瓶さんの温和で無邪気な芸風に、上岡さんの毒舌と知性を交えて
その無邪気さにつけ込んでツッコミを入れるあの絶妙なコンビが大好きだった。

何よりも、あの二人、何も打ち合わせも台本もなく、ぶっつけ本番いきなりで
あのトークを始める、、いわゆる即興の漫談のようなもの。

鶴瓶さんの日々のハプニングが次から次へと面白く伝えられ、げらげらと声を上げて笑わされた。
よくもまー、こんなに面白い事が起こるもんだと感心させられる。
それは、天性で笑いのネタを引き寄せられる才能なんだろうな〜。
きっとあんなの練習しても無理だもんね。

それに対して上岡さんは弁舌が巧みでいろんな事に知識が広い。
あの鶴瓶さんの芸風を見事にアンカリングしている、名コンビだと思う。

という事でここに、シェアしときます。





それから、数日前のりこがおもむろに昔の「オーラの泉」の映像を見ていた。
前は日本の娯楽番組も好きで二人でよく見てたのだけど、のりこがヒーリングしだしてからは
ほとんど見る事もなくなったので、少し懐かしい感じがした。

今見る江原さんと美和さんはとても大きな存在だった。
それは自分がヒーリングをするようになって感じるものなのでとても興味深かった。

江原さんはほんとうに共鳴力が半端じゃなく大きな愛で包み込むような
女性性のエネルギーが強いのだけど、がっちりたくましい所も持ち合わせている。…
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音楽おすすめあれこれ


今月に入って、おれのセッションの入りは少々スロー気味。
っていうか、先月は年末のせわしさもあって、けっこう多くのセッションをしたので、
無意識下に少し自由になりたいという意識があったのかもしれない。

なので今日は自己ヒーリング。
正月気分というわけではなかったが、少し重たかった腰を上げるような調整だった。

ヒーラーは自分の心身のメンテナンスを心がけないとね、、、

エネルギーコードが繋がったりとかして、グラウンディング弱くなるからね。
繋がる要因は、クライアントの持っている感情に共鳴しやすい何かがあるとき。

それが例えば孤独感や疎外感というものなら、自分もその辛かった感覚を経験して、
共鳴しやすいから、そのエネルギーを自分の魂で和らげてあげたいという無意識の
渇望が芽生えるからだと思う。

人間なんだからそこに同情心が芽生えるのもあり得るのだけど、
その同情と言うか同調したエネルギーは度を過ぎるとやはりグラウンディングというところで
支障をきたすみたいだね。

自分の場合はそれが、人の孤立感や空虚感に共鳴してたみたいね。
その事をヒーリングする必要があったから、しばらくスローだったのかもしれない。


さあ、今日はおれのブログで紹介する音楽が評判いいらしいので
調子に乗って自分が大好きな音楽を3つ紹介しようと思う。

基本おれには偏ったジャンルの好みはないと思う。
ミュージシャンとしての自分も同様で、何のジャンルをやっているというこだわりはない。
ただ自分の体から出て来たリズムを鳴らし、ハートが感じるメロディーを奏でたいだけ。

自分のハートがいいと感じる音楽が好きなだけで、、、ジャズだから、クラシックだから、
ギターだから、、、というようなカテゴリーは何も意味を持たない。

自分の気分にあわせて聴きたい音楽も違うだけよ。

レイキをやってる時は、リラックスできる静かな音楽を聴きたいし、
ハートを躍動を感じたい時はアップビートなリズムの音楽、
アーシーな気分の時は民族音楽とかって、TPOがあるんだよね。

という事でまずはパットメセニー

この曲 "Third Wind" が収録されているアルバム "Still Life"  はおれの生涯の
ベストアルバムトップテンに入ると思う。
1987年に発表された以前から彼の音楽は聴いていたけど、
このアルバムは自分にとって格別で、シャーマニズムや民族音楽の要素も感じられる。…