表現の自由

 

 

おれは前よりもっと言葉で自分を表現するのが好きになった。

言葉には限界があるのは知ってるけど、それでも音楽の12音階よりはバリエーションがあるよね。

たくさんあるから表現するのが難しいとも言えるけどね。

 

ヒップホップなんかはメロディーを省いて、言葉をリズムにのせて音楽になるんだから

面白いもんだよね。 

昔のジャズ、特にビバップ全盛期なんて、いかに多彩な音階やフレーズを速く演奏できるかが

メインストリームだったというのに比べると、ヒップホップはもうシンプルでミニマル、
リズム重視だよね。

 

自分を表現する事を音楽だけに縛らなくなってから、前よりもっといろんな事を

通じて表現したくなった。

その一つが文を書く事。

 

自分は大してボキャブラリーもないし、技術もないし、たいして論理的でもないけどね。

そんなところに完璧主義がまったくないよね。

でもそんな事、自分が表現したいと言うパッションとは関係ないよね。

 

自分の感じた事、楽しい事、抑圧、渇望、心の傷、そんな自分の光や闇を人とシェアする事、

そしてそれからどうやって抜けたかを伝える事、過去の事も今の事もみんな自分の生きた宝物。

闇だと思っていただけだった、という幻想を自覚する。

 

たまに、キネシのクライアントでアーティストが訪れる事がある。

 

アーティストのヒーリングはおれにとってチャレンジでもある。

自分がミュージシャンとして、苦悩して来た期間が長かっただけに、

その、苦悩から彼らを解放してあげたいと思う。

 

無為の境地から言えば、ヒーリングをしたいとか、直したいとか

いう作為やエゴはいらないと言うのは真実なのだけど、

ミュージシャンとしては、ブラザー・シスター意識は自然に湧くものだ。

 

今回はニューヨーク在住のあるピアニストがセッションのあとで感じた事を、

彼女の言葉で語ってくれた。

その彼女の熱意のある言葉のエネルギーを自分のメール箱にしまっておくのは

もったいないから、了承を得て、ここに載せてみます。

 

 

『先月末ぐらいにセッションを受けて、
『自由を信頼し、自分の才能を受け入れ、今の自分に満足する』
という目標を頂きました。自分の気持ちの整理をかねて、
気づいたことなどをシェアさせてください。

 

実は私、A Course in Miraclesというスピリチュアル本(?)
を勉強していてクラスなども受けているんですが、
その本に書いてある内容がある日突然すっと入って来たのです。
それが自分にとってはとても大きなことだったので、
まずはそのことをお話しさせて下さい。

 

その本によると、私たちが大きく勘違い(忘れている)
ことがあって、かいつまんで言うと、

 

1)私たちは身体ではなく、スピリット=生命=永遠な存在であること

 

2)過去ー現在ー未来と繋がるような時間軸は存在しない、
 時間は今しかない

 

3)死というものはない。肉体の死はあるが、
 スピリット=魂である私たちは永遠に死なない。

 

というものです。古今東西どのスピリチュアルな教えにも書かれている
普遍的なことですし、私自身、ここ何年も興味があって
いろんな書物を読みあさったりして、言葉面だけはわかったような気がしてて、
じつは何一つ実感が無いし、全く持ってピンと来なかったことがらです。

 

でも『私たちは身体(=エゴ)ではなく、スピリットである』
その認識をようやく受け入れることが出来たんです。
いやいや、正直言うと、初めてそういうシュミレーションを
やってみようかなという気になった、
そしたら不思議なことに受け入れられた、というのが正解かな。

 

すると、私たちは永遠に死という恐怖やストレスから解放され、
もう50歳も近いので後これだけしか時間が残されていないから、
今頑張らなくてはいけない云々、
といった、時間に対する間違った認識から来る焦りからも解放され、
身体が全てではないので、老いていく恐怖や寂しさからも解放されるってこと!? 
私はものすごい『自由』『開放感』を感じました。

 

私は、この生で、何をやってもいい。頑張ってもいいし頑張らなくてもいい。
成功してもいいし成功しなくてもいい。
成長してもいいし別に成長しなくてもいい。

時間の制限はない。

 

なんかすっごく心から安心したんです。
ずっと、後ろからせき立てられているような焦りから解放され、
ずっとあった『成功しなければならない』
というプレッシャーからも解放されました。

 

実はこの気づきが訪れる前に、音楽を聴いてても感じ方が
どんどん変わってきているのを感じていました。
(キネシ効果だと思います!)

 

『私はなぜ今まで、自分を叱咤激励しながら、
難しいチャレンジの多い音楽を頑張ってやって来たのだろう?
果たしてそれが本当に私が心から楽しみ、
いいと思ってやってきた音楽だったろうか? 
自分が心からリラックスして表現したいと思える音楽が、
実はあるんじゃないか?』
という疑問符が、初めて芽生えて、
それが新しいフェーズに入るきっかけとなったことは確かです。

 

そして、ひょんなことにバレンタインあたりに、
2つのギグがぽこっと入りました。
その2つは、自分の今までの音楽に対する認識を
180度変えるぐらい衝撃でした。

すごく素晴らしいミュージシャンに囲まれ、
終始ナイスバイブレーションが流れ、
音楽とともに身も心も解けてしまいそうなくらいセクシーで自由でした。
音楽やっててよかった~って心から思いました!

 

おさむさんが仰ったように、音楽というのは本当にバイブレーションですよね。
『自分やバンドが奏でるバイブレーションが、聞いている人々に届けられ、
そのバイブレーションをみんなでシェアし共感する』以外に、
私たちは何が出来るでしょうか?
自分自身が楽しんでないような音楽を、誰が楽しむことが出来るでしょうか?笑

 

ならば、私は、もう半ば飽き飽きしているが、
まだ完璧には引きこなせていないがために、
やらなければ気が済まないような楽曲ばかりを
あえて演奏することはないのですね。笑

 

そして、本当に心からやりたいことを時間がかかっても
追求すればいいんだと思えるようになりました。
それが世間から見たら、成功とはほど遠いように見えても!

 なぜならば、時間がないという制限はないし、
(今生で間に合わなければ、来世でやったらいいんだ、
 ぐらいのスパンでいいんでしょうね)

そこにこそ本当の成功があるんだと、
おぼろげながら見えてきたから。。。。』

 

 

今日の音楽紹介は

『Depression』BY OSAMU

 

この作品を作曲した1997年頃は コンテンポラリージャズやフリージャズ、

クラシックならバッハ、マーラー、ラクマニノフ、武満徹などの作曲家に傾倒していました。

 

この曲が納められているアルバム「Invisible」はその当時のそういったいろんな

要素の音楽を吸収した自分のスタイルの集大成でした。

 

「Depression」とは 憂鬱、意気消沈、ふさぎ込み、、、などの意味があります。

タイトルはあとで付けたものですが、楽曲はそういった感情を表現していると思います。

 

孤独感、焦燥感、抑圧感、憂鬱、、、そんなエネルギーの持つパワーを表現したかったのかも

知れない、、と今は感じます。

 

発表した当時は、暗くて難解な音楽、、、等という意見も多く、人からの評価や認められる、

という事を今よりも気にしていた当時は音楽が人から受け入れられなかったという思いで

凹んだりもしましたが、アーティストの潜在意識としては、自分のありのままの感情表現や

音楽を表現する事に躊躇はありませんでした。

 

音楽で表現できるものは常に明るくて楽しくて、愉快で、なんてポジティブなものだけではなく、

人の感情が無数にあるように、そんな重いエネルギーでも表現する事がアーティストとしての

自由の表現なんじゃないかなと感じます。

 

パンクの連中ががなり声を立てたり、ギターの音を最高に歪ませて、世間に反抗したり、

エゴを爆発させたりするように、おれは自分の心の投影をそういった形で爆発させたかった

のかも知れません。

 

アルバムタイトル「Invisible」とは「透明な、目に見えないもの」という意味ですが、

自分は顕在的な意識では見えない心象を表したかったのだと思います。

 

作品はナイロンギターとピアノのデュオで構成されていて、

即興はほとんどなく、書かれたものでした。

それでは、ミュージック・スタート!!

Leave a comment

    Add comment