小倉の町と愛しい人たち。

 

自分にとって今回の日本帰国は7年ぶりだった。

それは2007年の事で、それからあれよあれよと時間が瞬く間に経った。

今回の日本帰国はその7年間でどれだけ多くの変容を自分が遂げて来たのかを感じた。

だから自分が7年前に日本で感じた事や経験した事は今回のそれとはまったく違う

ものだった。

 

いずれにしても、今回の旅は自分にとって大きな収穫であり、チャレンジングであり

愛溢れる日々だった。 

 

今回の旅は順々に日を追って書く方法ではなく、セッション、ライブ、出来事など、

セクションを分けて書いてみようと思う。

 

という事でまず始めは、地元の町とそこにいる人たち。


福岡空港まで迎えに来てくれたのはおれのねーちゃん。
ニューヨークでJFK空港に行く車内に貴重品の入ったバッグを忘れるというドジを踏んで、
予定より一便遅れてやって来たので夜の10時くらいになっていた。

そこからねーちゃんと母、
それからかわいい2匹のネコの住む家に到着。
小倉にいる間はそこに居候させてもらう事に。

おれは大抵のネコにはすぐに好かれる。
人見知りするというネコでもそんなに時間かからずに慣れる事ができる。
なので例に漏れず、初対面のネコのアズキははじめは警戒してたけど、
次の日からはすぐに懐いて来た。

自分の家ではネコは飼えないので、久しぶりにネコとふれあう事ができて幸せ。。。



おやじの今の奥さん<ゆきえさん>は小倉でやり手のインテリアデザイナー。
彼女とおやじは数年前に結婚した。
1年半前に彼女らがニューヨークに旅行に来た時に始めて対面した時から
親しみを感じ、気楽な人でいい感じ。
おやじは彼女に愛されて本当に幸せ者だね。

西小倉駅からほど近い所にある彼女のショップで家族ショット。
左からおれのネーチャン、おれ、おやじ、そしてゆきえさん。
 


そして前回おやじ達がニューヨークに来た時の仲間、ヤッピーがやっている気まぐれイタリアン
Pizzeria OTTO に招かれる。

ここは紫川に面した所にあって眺めがいい。

客席は6人程度で、予約が入った時だけ営業するというのんびりしたレストラン。
おれは昼から白ワインでご機嫌。
ねーちゃんはカメラを撮るアズサさんに「カメラを美顔モードにして写してよ!!」
なんて叫んでいた。


日本へ到着してからの数日間はわりと時間に余裕があったので
おやじとふたりでドライブした。

 

おやじは本当に無邪気な少年で、おれの事を無条件に愛してくれる親ばかな父。

おれが少年の頃はよくいろんな所にドライブに連れて行ってもらったり、

キャッチボールや釣り、、、暇があればいつも遊び相手になってくれた。

というか、おやじが遊んで欲しかったのだろう。
 

だからおれが音楽を始めた時も心から喜んでくれたし、必要なものは大抵無条件に
いつも与えられてた。
おやじのこの与えるエネルギーというのは本当にすごいな〜、、、と感心する。
だからいろんな人から愛されてるんだろう。

ふたりで門司の和布刈公園の近所でツーショット。
後ろは九州と本州を繋ぐ関門橋、そして関門海峡。


 

関門橋を渡り下関方面へ。

赤間神宮でお参り。
ここの思い出は、小学校中学年のころ、正月の初詣でこの神社に参拝したとき、
親戚からもらったお年玉をなくして、大ショックだった事。
おれのアホなミスはこの頃から続いているのだ。

平家に関わりが深く、壇ノ浦の戦いで亡くなった安徳天皇が祀られている。



 

神社参りでもう一カ所。妙見神社。

ここはおれが地元で一番好きな神社。

というのは、小倉の町を見守る足立の山の中にあり、

上宮が山のてっぺんに近い所にある。

 

そんな事もあって、自分の中でこの神社が小倉の町を見守る神様を祀る神社
という感覚があるので前回の日本滞在の時もそうだけど、今回もここを参拝した。



 

和気清麻呂を守ったイノシシの伝説を讃えここでは狛犬ではなく狛猪。

 

ここで引いたおみくじは大吉だった。

すべてにおいていい運がもたらされるんだそうな。 ラッキー!!

 


神社の近くから眺める小倉の町並みと夕日。

この日はよく晴れてたんだけど空気中のPM ー黄砂などを含んだ微小粒子状物質ー
の濃度が強くって
視界があまり良くなかった。 


 

小倉の有名な神社で小倉城内にある八坂神社にも行った。

街中にあるのだけどのどかで、ネコがのんびり昼寝中。
 



ここも子供の頃の初詣以来、何十年かぶりに訪れる。

こうして見ると、立派な神社だね~。
お賽銭出して、鈴をゴロゴロならす。

神社に来てべつにお願いしたいものなんてないけど、
感謝する事と、その土地にハートを繋げる事だけは意識するかな。


境内で佇むネコ。 警戒心ゼロ。

この子の名前、スフィンクスと命名。


小倉城。

おれ、子供の頃お城が大好きだった。

お城の絵を描いたり、プラモデルを作ったりよくしてたっけ。
城の中で生活するのってどんなんだったろう? ってファンタジーがあったよね。





 

北九州市は八幡製鉄や国鉄が全盛だった当時、人口100万を越える活気のある街だった。

おれの両親はもともと博多に住んでいて、その当時は北九州の方が都会で活気が
あるように見えたし、音楽シーンもこちらの方が仕事もあったのだろう。
それでこちらに移住して来たのだという。

それから80年代以降八幡製鉄も撤退し産業が少なくなって行くに従って

人口も減って、今では100万人を下回っている。
 

前回帰った時も感じたけど、今回も思ったのは、自分が子供の頃より

人が減って静かになったな~と。

街はきれいになり、高いビルディングや施設が建ってはいるのだけれど、

人がそんなにいないので何となくワビシい。

都会なのに過疎化して行ってるというのは面白い現象だね。

でもおれはこの街が好きだ。
自分が生まれ育った土地。それには変わらない。

ハイジにとってアルムの山やモミの木が彼女の魂のふるさとなら
おれにとってはこの山がそれなのだと思う。

渡米する21才まで住んでいた、アパートから見える景色を眺めながら
そんな事を感じたら、ハートが膨らむ感覚を味わった。



さ〜て次回のマザーアースサウンドは、、

「屋久島の旅」をお送りします。

お楽しみに!!

 

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