ライオンズゲートを超えて

 

8月8日はライオンズゲート のエネルギーが最高潮に達する日でした。 

 

スピリチュアル系の動画でもその直前まで、だれもかれも、猫も杓子も 

ライオンズゲート 、ライオンズゲート 、ライオンズゲートォ ~ッ!! 

 

とまるで、日本の政治家の選挙カーに乗ってメガフォンでアピールしてる 

人たちのごとく、スピ系の配信はそれで持ちきりな感じだった。 

 

スピ系ミーハーのこの私もれいに漏れず、そのライオンズゲート の日に 

なんかやりたいなってその1週間前くらいから考えてて、 

いろいろ検討した結果、セントラルパークのオベリスクで 

平和の祈りという意図で、ギターを演奏しました。 

 

この場所に決める前は、パークの西側にあるストロベリーフィールズの 

Imagineのシンボルの前で演奏しようか、とも考えて、事前に現地に行って 

様子を見に行ったのだけど、なんかヴァイブが違うかなって感覚がよぎったので 

そこをあきらめた。 

 

オベリスクはやっぱりパワースポットでもあるし、 

きっとそういった宇宙から降り注ぐエネルギーを地球に下ろす 

ポータルの役割があるんじゃないかとも思ったから、 

その場所で祈りを捧げるという事に決めた。 

 

平和の祈りという意向で行ったのは、やはりコロナの影響によって 

内なる平和のバランスを崩された、人びとの集合的なエネルギー、 

それは恐れの意識なのだけど、その恐れの意識からこの地球の 

人々が抜けることができ、より自由で創造的で魂の喜びと愛に基づいた 

現実をクリエイトできるように。 

 

一般的に平和の祈りとかっていうのは、戦争や争い核が無い世界とか、 

飢餓や貧困、差別の無い世界とか、外側の現実に向けて平和な世の中に 

なるように、という意図が主体なんだと思う。 

 

けど、それだと常にそういった現実は外にあって、他人事で人のせいで 

そんな世界を見るのは苦しいから、この世界をみんなで救いましょうって 

被害者と権力者の二元性に陥った視点でやってるから、結局 

その場限りの愛と平和になるのだと思う。 

 

だけどそんな慈善的奉仕をやってる人の中にも差別、妬み、欠如感、 

被害者意識、罪悪感、恨み、貧困の恐れ、死への恐れ、などなど 

人間としてのネガティヴな意識というのは多かれ少なかれあるわけで、 

結局人それぞれに背負っている内側の不均衡に調和をもたらすこと、 

それがすなわち平和な現実を創る力になるんだと思う。 

 

内側の平和。 内なる安心と信頼。 

 

それが恐れを超える創造のパワーになりえるんだと信じてるから 

今回の祈りは、人類の内なる平和を意図して感謝を捧げた。

 

というわけで、オベリスクの前で行った祈りのギター演奏。 

 

40分以上はやってたでしょうか。 

ビデオではその中の少しだけを紹介します。

 

 

 

イベントが終わって、ビデオ撮りを手伝ってくれた友人と 

のんびり公園で過ごしてから、家に戻った。 

 

そしたらなんか音楽への意欲がさらに増した感じがあった。 

 

おれはどっちかというと、過去に奉納演奏とかを聖地とか 

パワースポットでやってきたから、そこにはスピリットは 

いたけど、人があまり存在してなかったから、音楽は 

ずっと孤独な作業でもあった。 

 

だからそういうスタイルにもう飽きてきたのかもしれないし、 

もっと人と繋がって、自分の音楽や喜びを分かち合いたい、 

そんな思いが余計に湧き上がったのかもしれない。 

 

なので早くパークで演奏したいなーってワクワクしてた。 

 

ライオンズゲート を超えて、さらに情熱が増してきたかのよう。 

 

無限の可能性からどんな奇跡が創造されるのか、 

この人生が続く限り、それを見届けよう🌈

 

 

昨日セントラルパークで見た夕焼け空

祝福、豊かさはいつもここにあるね。

 

 

 

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